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BGM

 投稿者:NAK-G(管理人)  投稿日:2019年 4月 7日(日)08時37分36秒
編集済
  久々にBGMの更新作業(継続)をしました。
なにぶん膨大な数になるのと、
ご指摘いただいている再生の問題がなかなか解決できません。
基本的に十数年前のやり方をそのまま続けているので、
もしかするともう周辺環境の進化についていけないのかも…
研究所全体を含めて発信方法を更新した方がいいのかなあと思っています。

「和声論」から「調和概論」への修正は、
すでに去年の学会発表で説明していたのですが、
研究所の修正がずいぶん遅れてしまいました。
詳しく知りたい方はラモー「和声論」(音楽之友社)をご覧下さい。
 
 

 

 投稿者:NAK-G(管理人)  投稿日:2019年 2月18日(月)08時24分41秒
  渡辺様
少しでもお役に立てれば幸いです。
大変良い刺激をいただきました。
ありがとうございました。
 

(無題)

 投稿者:渡辺  投稿日:2019年 2月17日(日)23時23分12秒
  管理人様

ご紹介ありがとうございます。
「純正作曲の技法」は所有しております。
邦訳で対位法部分がカットされているのが残念ですが、バッハはもとより、当時の理論の
レベルの高さに触れる事ができる本なので、重宝しています。
音階の比率の表を見たときには、当時、ここまで細かい技術があったのか・・・と驚きました。

「音楽の捧げもの」はリヒターと、リフシッツの演奏を所有しています。
「フーガの技法」との比較は、当初、反応の原因を調性、非調性という発想で考えていたので、
半音階部分などを「フーガの技法」のContrapunctus3と比較したりしておりました。

通奏低音には着目していなかったので、トリオソナタの譜面はしっかり見ていなかったのですが、また時間がある時に、見てみたいと思います!
 

 

 投稿者:NAK-G(管理人)  投稿日:2019年 2月17日(日)11時45分51秒
編集済
  渡辺様、詳細なご説明重ねてお礼申し上げます。異なる音価の音へ進行よりも同じ音価の音への進行、単純な跳躍の連続よりも摸続進行における跳躍の連続、のほうが併存性を感じさせやすいものと受けとめました。

一つ思いだしたのですが、通奏低音付きの作品ならバッハの意図した和声を知る手がかりになりますよ。フーガの技法と同時期のものとしては、音楽の捧げもののトリオソナタなどがあります。
バッハによって印刷されたパート譜
これには直弟子のキルンベルガーによる実施も残っています。
キルンベルガーによる実施を加えた楽譜
ちなみにキルンベルガーの「純正作曲の技法」が邦訳されていますので、ご覧になっていないようなら参照されてはいかがでしょう。大著なので全部読むのは大変ですが、部分的に参照するだけでも、バッハの作曲法を伝えるものとして得るところがあるかもしれません。

ついつい余計なことを書きました。
こちらこそよろしくお願いします。
 

(無題)

 投稿者:渡辺  投稿日:2019年 2月17日(日)00時37分47秒
  >また上記CanonIV冒頭のトリル音型に2つの和音を見る・感じるというのも目新しいです。
>これも平均律1巻のト長調のフーガ主題などは同様にみなしうるのでしょうか。

BWV860 fugueですが、
1小節目 ソー・ラ・ソ・ファ・ソ(G)、ラー・シ・ラ・ソ・ラ(A)
2小節目 シ・ラ・ソ(G)・レ(D)ドー(C)

と解釈しています。カデンツはⅠ-Ⅱ(V7の1、3音省略)-Ⅰ-Ⅴ-Ⅳです。

トリル音型ですが、この場合は、1小節目を見るとソー、ラーとルート音が伸びており、
音の長さの比率が3:1なので、それぞれコード音と経過音という解釈で良いのではないでしょうか?

フーガの技法の、CanonⅣやContrapunctus10は、1度と5度の比率が1:1なのが特徴です。

Contrapunctus10は、
1小節目 ド♯・レ・ラ は、ド♯が修飾だとDm,レが修飾だとA
2小節目 ファ・ミ・ラ は、ファが修飾だとA,ミが修飾だとDm になります。

Contrapunctus11は、
1小節目だけ見ると、レ・ラ・ソ と、Dm、Gmのどちらとも解釈できます。
休符を入れ、音の比率は1:1にしているので、併存させようとしているとも解釈できますが、
2小節目~4小節目ではこのような工夫はないので、何とも言えないところです。

バッハが意図的にやっていると感じる部分は、CanonⅣやContrapunctus10のように、
かなりはっきりわかるようになっている印象です。

>ContrapunctusIにおける4度・6度跳躍を、当該箇所における和音の構成音ではなく単独の和音として捉える試みは
>斬新と感じます。跳躍の著しい例としては平均律1巻の嬰ハ長調のフーガ主題(6度の連続)やイ長調のフーガ主題
>(4度の連続)等がありますが、「反応」は別としても、これらもそのように解釈し得るという事でしょうか。

BWV848(嬰ハ長調) fugue ですが、
1小節目 G♯(2拍目裏~3拍目),C♯(4拍目)
2小節目 G♯,D♯m,C♯,G♯(ルート省略)

となり、カデンツはⅠ-Ⅳ-Ⅰ-Ⅳ-Ⅴ-Ⅰと解釈できます。

BWV864(イ長調) fugueは、(8分の9)
1小節目 A(1拍目)C♯(5,6拍目)Bm7(7~9拍目)
2小節目 E(1拍目)F♯m(2,3拍目),A(3~8拍目),B(ルート省略,9拍目,ここで転調)
3小節目 E(1,2拍目)~

と、解釈しています。

カデンツは、
(KeyA)Ⅰ-Ⅲ-Ⅱ-Ⅴ-Ⅵ-Ⅰ-(KeyE)V(2小節目9拍目)-Ⅰ ~
です。

カデンツにはなっていますが、Ⅲ-ⅡやⅥ-Ⅰの進行は違和感があるので、やはり少し強引な感があるような気がします。

主観ですが、Contrapunctus1の18小節目からの4度跳躍の組み合わせ、36小節目からの
6度跳躍の組み合わせのほうが、良くできているような気がします。

>チェンバロは撥弦楽器なので倍音が出やすく、音が濁るのだと思います。オルガンも管楽器なので
>少なからず倍音が出ますし、ストップによっては鍵は一つでも複数の管が鳴っています。しかるに
>バッハの時代には比較的反応が出にくい演奏を聴いていたことになりますね。Wohrtemperierteではなく、
>完全に平均律の現代ピアノで反応が出やすいというのはまた興味深いです。

倍音と反応の関係は、全く考えていませんでした。そういえば、バタコフは電子ピアノですから、
共鳴しませんね!バタコフも他の曲ではピアノを使うので不思議に思っていましたが、
何か意図があるのかもしれません。

新しい視点を得る事ができました。ありがとうございます。

ちなみに、私はもともとはブルースや、ロック、ソウル、ジャズなどを演奏していた
ギタープレイヤーです。クラシックを聴いていると眠くなることに気が付き、
ベートーヴェンの後期ピアノソナタや、現代音楽?のクセナキスまで、"反応"を追いかけて
研究を目的にクラシックを聴き始めたのですが、「フーガの技法」を聴いて大きな衝撃を受けました。
最初に聴いたのは、確かPC作業中に、ストリーミングで流していたソコロフの演奏だったと思います。

音楽の三大要素と言われる、メロディ、ハーモニー、リズムとは全く別の視点で、何かもっと
深いものを証明しようとしているのではないか?と感じました。

それ以来、「フーガの技法」の謎を少しでも解き明かしたいと思い(笑)、ピアノをはじめ、
作曲を個人レッスンで習い・・・という経過を経て、今に至ります。

聴いていて楽しいというのはもちろんありますが、対峙するのは大変だけど、様々な発見があり、
喜びが得られるという感覚のほうが強いです。

このような経緯なので、クラシックの基礎的な知識が抜けていたり、失礼もあるかもしれませんが、
丁寧に様々なご指摘を頂き、とても嬉しく思っています。今後とも宜しくお願い致します。
 

 

 投稿者:NAK-G(管理人)  投稿日:2019年 2月16日(土)07時49分10秒
編集済
  渡辺様、詳細なご説明誠にありがとうございます!

やはり奏者による差があるのですね。納得しました!楽譜は設計図で、演奏によって(良くも悪くも)完成するというのが持論でしたが、そのことの一側面が渡辺様のご研究にも表れているのだと思います。

チェンバロは撥弦楽器なので倍音が出やすく、音が濁るのだと思います。オルガンも管楽器なので少なからず倍音が出ますし、ストップによっては鍵は一つでも複数の管が鳴っています。しかるにバッハの時代には比較的反応が出にくい演奏を聴いていたことになりますね。Wohrtemperierteではなく、完全に平均律の現代ピアノで反応が出やすいというのはまた興味深いです。

ちなみに私自身がフーガの技法も音楽理論も何も知らないまっさらな状態で初めて聴いたのは、カナディアン・ブラスの金管五重奏でした。当時オルガン曲に嵌っていた私にとって、第一印象は素朴で味気ない曲。そののちフーガの技法への関心はもっぱら知的好奇心です。つまり「石の数を数えていたり、どこからどの石が見えないなど、鑑賞以外の事」というのが私のほぼ一貫した姿勢です。そんな私が唯一繰り返し聞いているのが、グールドのピアノ演奏によるContrapunctus11です。これも曲の構造を演奏に生かしているからだと思います。

平均律の資料、お手数をかけてすみません。
 

訂正

 投稿者:渡辺  投稿日:2019年 2月15日(金)23時57分0秒
  ラインハルト→レオンハルト でした。すいません・・・。

 

(無題)

 投稿者:渡辺  投稿日:2019年 2月15日(金)23時45分14秒
  管理人様

昨日に引き続き、丁寧な返信ありがとうございます。

>好きな子をいじめてしまう子供の心理もそうなのかな(笑)。
一番わかりやすく、頻繁に見られる例ですね(笑)

>一つ素朴な疑問として感じるのは、演奏者によって「反応」の出方に違いがあるかどうかです。

これは、答えが出ていて、演奏者によってかなり違ってしまいます。
音の関係性に焦点を当て、その他の要素を排除した演奏に、アントン・バタコフの演奏があります。
私の経験では、この演奏が一番反応が出やすいと感じています。

CanonⅣの冒頭部分は、他の奏者だとトリルに聴こえますが、バタコフの演奏では、一音一音が
独立して弾かれている感じです。バタコフの演奏のCanonⅣの冒頭部分だけ聴いていても、何となく
落ち着かない感じになるという症状が私自身にあったので、この曲の分析を経て"同時成立"という
着想を得て、フーガの技法全体を調べたところ、他の曲集との違いが見えてきたという経緯があります。

その他、92年版のニコラーエワの演奏も比較的、反応が出やすいかと思います。
(67年版も素晴らしい演奏だと思いますが、曲によって音量差があったり、他の事が気になってしまう
 という側面があります。)

その他、コロリオフが多少出やすく、ソコロフ、ラインハルト辺りはあまり反応は出ませんでした。
チェンバロ奏者と弦楽は、装飾が多いので反応は出にくいと思います。

グールド、エマール、リフシッツは反応が出るポイントを避けて演奏しているような気がします。
(それはそれで、聴きやすいという側面がありますが、笑)

ヴァルヒャのオルガン演奏は、オルガンという性質上、音がしっかり伸びるので反応が出やすいかと
思いましたが、それほどでもなかった記憶があります。推測になりますが、オルガンだとソプラノ
が強調され、バスがこもって聴こえてしまうのも、原因の一つかと思います。

他の作曲家の演奏に関しても言えますが、曲の構造をしっかり聴かせ、テンポが遅目の奏者が反応が
出やすいと言えます。

*奏者の聴き比べや、パッヘルベルのマニフィカトとの比較に関しては、研究する上で、
貴サイトを参考にしました。改めてお礼を申し上げます。

音楽から逸れますが、龍安寺の石庭も反応が出やすいのですが、もっとも反応が出やすい
正面からの画像は、ネット上でも驚くほど少ない数しか存在しません。
また、実際に何度も行ってみたのですが、観光客が石の数を数えていたり、どこからどの石が
見えないなど、鑑賞以外の事をやっており、正面から見ている人がほとんどいませんでした。

このように、反応は直観的に避ける傾向があるので、反応を調べる時には、私の場合は、なるべく
ヘッドフォンで集中して聴くようにしています。

>CanonIVに12度の二重対位法が用いられていることも考えると、曲の構造を含めた全体で1度と5度の
>併存が意識されていたのかもしれませんね。

1度と5度の併存に関しては、他のCanonやフーガの技法全体、BWV869 fugue でも頻出します。
(BWV869 fugueに関しては、フーガの技法と同様に本来、"同時には成立し得ない関係を同時成立させる"
という工夫がなされているのではないかと思います。一方、未完のフーガに関しては、真贋は横に置いておいて、
"同時成立”という目的はあまり見られないので、作曲の目的が別にあるのではないかと考えています。)

わかりやすい部分だと、Contrapunctus 10 の冒頭2小節も、それにあたります。
なかなか掲示板の書き込みで説明するのが難しいのですが、譜面で♯がついているところを見ると、
かなりの頻度で見つかります。1度と5度に関しては、12度の二重対位法というのは、あまり関係ない
のではないかと思います。

また、Contrapunctus 11の冒頭部分は、1度と4度の併存を意図している可能性があると思います。

私の個人的な見解ですが、バッハはかなり意図的にやっていたのでないか?と感じています。

ご指摘頂いた、平均律のフーガ3曲に関しては、資料はあるので、後日返信したいと思います。

 

 

 投稿者:NAK-G(管理人)  投稿日:2019年 2月15日(金)14時09分55秒
  渡辺様、ご説明をいただきありがとうございました。

>例えば勉強しようとすると、部屋の掃除など関係ない事をはじめる
>芸術作品の本質に触れた折に、本人の許容範囲以上の幸福感や内面的進歩が
>促されてしまう場合、そこから逸らすために出る症状
なるほど、悪い(主観的に見て)負荷だけでなく良い負荷も現実逃避的行動を促すのですね。好きな子をいじめてしまう子供の心理もそうなのかな(笑)。

一つ素朴な疑問として感じるのは、演奏者によって「反応」の出方に違いがあるかどうかです。バッハの時代の楽譜は演奏表現に関する指示が少ないため、演奏ないしその良し悪しにおいて奏者に委ねられる部分が、後代の曲に比べて多くなります。極端なところでは奏者によって独自の装飾音も加えますから、渡辺様のCanonIV冒頭トリル音型の解釈を準用すれば、別の和音が付加されることになります。また、ことフーガの技法は(作曲者の意図に反して;)様々な楽器での演奏が試みられるので、なおのことと言えます。奏者によって聞き手の反応に差異はあるのか、あるいは作品の本質が作られた和声そのものであれば奏者による反応の差異は無視できる/生じないのか、興味深いところです。ご見解がありましたらお聞かせください。


さて、実は昨日動画が見られない環境で書き込みしましたので;、推測混じりで大分的外れなことを書いてしまい申し訳なかったです。あらためて動画を拝見させていただきました。寡聞な私の見解ではありますが、ContrapunctusIにおける4度・6度跳躍を、当該箇所における和音の構成音ではなく単独の和音として捉える試みは斬新と感じます。跳躍の著しい例としては平均律1巻の嬰ハ長調のフーガ主題(6度の連続)やイ長調のフーガ主題(4度の連続)等がありますが、「反応」は別としても、これらもそのように解釈し得るという事でしょうか。

また上記CanonIV冒頭のトリル音型に2つの和音を見る・感じるというのも目新しいです。これも平均律1巻のト長調のフーガ主題などは同様にみなしうるのでしょうか。CanonIVに12度の二重対位法が用いられていることも考えると、曲の構造を含めた全体で1度と5度の併存が意識されていたのかもしれませんね。もちろんCanonIV冒頭は基本主題冒頭レ-ラの装飾なわけですが、バッハがそこに如何なる響きを感じていたかは想像によるほかありません。一小節一和音を基本に和音構成音以外を非和声音と解釈する方もいる中で、そうした繊細な響きに目を向けるというのは、作品の解釈において新たな視点を提供することと思います。

昨日はバッハのWohltemperierteと旋法について私的見解を申しましたが、つまるところバッハの際立った特徴はセンスの良さにあると思います。渡辺様のご研究がバッハのセンスの理論化につながるかもしれませんね。

駄文長文失礼いたしました。
 

(無題)

 投稿者:渡辺  投稿日:2019年 2月15日(金)00時07分55秒
  管理人様

ご丁寧な返信ありがとうございます。感謝致します。

>スタンダール症候群とは初耳なのですが、感動の身体的反応と考えてよろしいでしょうか。

私の本業は身体の施術(大雑把に整体)です。詳細は長くなるので割愛しますが、
病気の状態というものに、本人の自滅的な志向が関係しているのではないか?という研究を2006年に
はじめました。色々調べてみると、病気の他にも、仕事であったり、家庭であったり、色々な側面で、
"自分の許容量以上にうまく行き過ぎると自虐的な側面(行動、症状)が出てくる。”という事が
わかってきました。

また、例えば勉強しようとすると、部屋の掃除など関係ない事をはじめる、また眠気などの症状が出る
など、自分が成長、進歩するものに着手しようとすると、逸れてしまう性質が、万人に大なり小なり
ある事がわかりました。(これを"反応"と呼んでいます。)

スタンダール症候群は、"芸術作品の本質に触れた折に、本人の許容範囲以上の幸福感や内面的進歩
が促されてしまう場合、そこから逸らすために出る症状”として研究しています。

裏を返せば、そのような"反応"が出やすい作品は、(芸術の知識が全くない人にも)直接的に意識に
影響を与え、進歩を促す作用がある、と考えています。

そのような経緯で、"反応"が出やすい作品として、龍安寺の石庭などと共に、フーガの技法を扱っています。

連載の大意としては、芸術作品は鑑賞して楽しむだけではなく、(思考を超えて)直接、精神に影響する
ものがあるのではないか?というテーマです。

>フーガの技法と言いますか当時の多声音楽において、時として調性があいまいになり、
>複数の解釈がなされ得る和音ないし和声があるのは、一つには旋法に根差しているゆえの特徴と言えます。

フーガの技法は、Contrapunctus 1~9と、Canon1~4までコード進行、カデンツの分析をしました。
(比較のために、平均律クラーヴィア1巻の前奏曲24曲、フーガ10曲、ヘンデル数曲、
ショスタコーヴィチの前奏曲とフーガの中から数曲のコード分析をしました。
また、バッハ以前の対位法を知るため『厳格対位法』/山口博史著、
『名曲で学ぶ対位法』/柳田孝義著、二声対位法/池内友次郎著もやってみましたが、バッハの対位法とは
違うという事で途中でやめています。)

昨日、リンクを貼らせて頂いた稿にも掲載していますが、私が調べた結果では、フーガの技法の調整は曖昧
ではありません。ほとんどが、現在でも使われている、最適化されたカデンツになっています。
以下が、Contrapunctus1とCanonⅣの、コード、カデンツの進行を書いた動画です。

Contrapunctus1
https://www.youtube.com/watch?v=vtxZaRu9huc

CanonⅣ
https://www.youtube.com/watch?v=c98fuJTAWmc&t=42s

管理人様の仰る通り、中世、ルネサンス期の時代のカデンツのほうが複雑、曖昧ですが、自分の感覚としては、
自由度が高いという事が、良い方向に出ているとは限らない、という印象です。
(Solage, Ockeghem,Gesualdo,Schutz などの分析を個人レッスンの先生に頼んだのですが、断られて
 しまいました。そこで、自分でやってみたのですが、やはり途中挫折という結果になりました。
 システムが個々で違うのと、V7がはっきりしないので、分析が難しいという事になります。)

私自身の現在の結論としては、バッハのフーガとバッハ以前のフーガは別物と考えています。

また、ご指摘頂いた、フーガの技法は旋法的要素が多い、バッハは自在な転調を目指していたなどは、
平均律のフーガ(こちらも旋法主体)や前奏曲(転調回数は、前奏曲のほうが多い)にも当てはまる事なので、
フーガの技法の特徴としては考え辛いのではないかと思います。

連載のリンクを全部貼るわけにもいかないので、前後の脈略がわかり辛くなって申し訳ないですが、大意としては
フーガの技法は、"本来、同時には成立し得ない関係を同時成立させる"(必然的に矛盾を含む)ことを
成立させる事を目的としているのではないか?という事になります。

そして、スタンダール症候群という"反応"が出やすい作品という事は、それが成立しているのではないか?と考えています。
例として、トニック、サブドミナント、ドミナントの基本的なカデンツで4度と6度を多用したり(Contrapuncts1)、
1度の中で5度を鳴らす(CanonⅣ、その他)、などを挙げています。

CanonⅣの冒頭部分の解説(この1度と5度の同時成立は、フーガの技法の随所に見られます。)
https://www.youtube.com/watch?v=bsA_j4hB_xI


*BWV686,687,669~671を聴きました。ご紹介ありがとうございます。
 旋法的要素が多い、という事は理解できましたが、フーガの技法に比べると素直な曲のように感じました。
 また、時間をつくって詳しく見てみたいと思います。
 

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