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私も小学校2年生頃、母から端唄の「春雨」を爪弾きで教えてもらいました。その時、文化譜の読み方も知り、「夕暮れ」や「奴さん」などを譜を頼りに弾いて遊んだことが懐かしく思い出されます。
母は、笛吹きの父と結婚すれば、長唄のお稽古を続けられるだろうと、期待を持って嫁いできました。
ところが、囃子方の家は各派のお師匠様方がお得意様で、特定の方に弟子入りしにくい事情や、稽古事をさせて貰えるような経済的余裕もなく、子育てが終わる頃まで、針仕事で家計を支える日々を送っていました。
私と弟の就職もきまり、家計が安定した頃、母は更年期のまっただ中。くよくよしたり、ヒステリーを起こしたり、もう大変でした。
そこで、母の楽しみに、私も一緒にするから・・・・と、父を説得し、長唄のお稽古を30年ぶりに再開することを強く勧めました。
私は、私で、父の笛を吹いてみたいのですが、教えてくれません。音さえ鳴らすことが出来たなら、いつかはきっと篠笛を・・・・・と、ブラスバンドでフルートを隠れて吹いていました。
後は長唄のメロディーさえ判ればバッチリよ・・・とばかりに、中学校の教科書の「越後獅子」を文化譜で独習しようとしましたが、「草枕」(チンチチリテチンツントン)がどうしても弾けなくて挫折してしまいました。
母親孝行と言いつつ、私自身も、せめて「越後獅子」1曲が弾けるようになるまでやってみようと思い、24才で初めてバチを持ち、お稽古を始めました。
母とは別々の曲を習い、夕ご飯の後、毎晩毎晩一緒に弾きました。
その後、母が亡くなるまでの7年間を2人で幸せなひとときを楽しみました。
今日の返信をいただき、あなた様も、お母様と2人、あれやこれやと言い合いながら、三味線を弾いておられたのだろうと思い。なにやら懐かしく、熱いものがこみあげてきました。
お互いに、親が残してくれた「楽しみ」を有り難く受け取り、大切に育てていきたいものですね。
お便りありがとうございました。今晩は、母を偲び弾きたいと思います。「秋の色種」かな?「君の庭」かな?・・・・・・
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