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おかげ様で龍徳山城他2城攻略しました。

 投稿者:やぶくぐり  投稿日:2017年 2月18日(土)16時50分24秒
返信・引用
   ふーむ様から教えていただいた和気町(旧佐伯町)の「龍徳山城」攻略しました。
 新田原井堰西側に駐車。赤テープ、鎌鉈、GPS、紙にプリントした地図、縄張図持参。
 井堰を渡って自転車専用道路への階段を昇り約150m程南下。
 尾根端から登りつく。
 比高約160mで「龍徳山城」到着。ふーむ様の縄張図どおりの郭、堀切。
 郭群の外れの左手に竪堀。
 尾根筋を北へ標高200mまで辿ってみる。
 往復2時間。

 戻って小原方向へ北上。
 吉井川のヘアピンカーブ広場に駐車。
 ここから尾根を辿って標高292mの「城の段」を目指す。
 最初の比高50m辺りまでは獣道を適当に登る。
 主尾根に出ると明瞭な山道。
 楽々「城の段」に至る。
 ふーむ様の縄張図どおり延長約40m程度か。
 そのまま山道を南に辿って標高310mの展望小ピークに至る。
 佐伯天神山城、太鼓の丸、龍徳山城が良く見える。
 山道は国山方向に続いているも、ここから退却。
 往復2時間半。
 車で遅い昼食。

 三つめはふーむ様の縄張図を持参して旧佐伯町の「観音山城(竜ケ鼻城)」。
 ハイキングコース入口に駐車。
 フェンスを開けて最近使われていないようなハイキングコースをリンゴ園に向けて進む。
 最初のヘアピンカーブからGPSを頼りに尾根に向かい右折。
 地形なりに「観音山城」。
 主郭を過ぎて竪堀、土橋、段々の小郭。
 自然地形の長尾根。
 往復1時間半。

 ふーむ様のおかげで楽しい一日を過ごさせていただきました。
 お礼申し上げます。
 

龍徳山城の情報有難うございます。

 投稿者:やぶくぐり  投稿日:2017年 2月10日(金)12時16分15秒
返信・引用
   龍徳山城の位置情報有難うございます。
 原大谷ノ峯とばっかり思っていました。
 場所をお教えいただいて感謝します。
 近々登ってみます。

 それから、増山氏との南山城や三上山西砦のお話し、興味深く拝見しました。

 今後ともよろしくお願いします。

 
 

高山城の件ありがとうございました。

 投稿者:125  投稿日:2016年12月24日(土)13時00分51秒
返信・引用
  南山城の件は自分も危惧してます。
戦国時代の城を江戸時代の人々が団体で見学してる絵図を見して頂き、ああいうのは見たことがなく驚いたのですが、それだけ南山城が個性的な城の象徴に思えました。

 

Re: 南山城

 投稿者:ふーむ  投稿日:2016年12月18日(日)02時54分30秒
返信・引用 編集済
  > No.307[元記事へ]

増山さん、その後すっかり御無沙汰いたしております。
市民講座の件、もともと募集の枠も60名と少なかったため、
多くの受講希望者が抽選に引っかかって落選してしまったように聞いております。
増山さんのように今回都合で参加できなかった方、または落選してしまった方々を
フォローできるような機会があればよろしいのですが…。

南山城の件、現状をお知らせいただき心より感謝します。
(増山さんのブログでの紹介も拝見させていただきました)
20日ぐらいまでかけて、伐採木の搬出を行っている最中なのですね。
調査に関してですが、とりあえず年明け2~3月の調査は測量調査のみにて、
本発掘は来年度(2017年4月以降)だったような気がします。

ただ、伐採作業自体が私の思っていた時期(2017年1月ごろ?)より
早く始められてしまっておりますので、
当初予定よりスケジュールが前倒しになっている可能性もあります。
この辺、私もいまいち正確な情報をつかんでおりません。

河川改修にからむ、ということで、
どうしても大声で反対しにくい感じではありますが、
「なくなりそう」ということ自体が地域ではあまり知られていませんので、
とにかく現状をお伝えして地元の方に考えてもらおう、
地元の方が地域の重要遺跡について価値を認知していない状態のまま
サクッと消滅させられるという事態だけは避けたい、
という思いから、今回お話をさせていただいた次第です。

南山城が軽部山城と一対のものとして造られたかどうか、については
今のところ測りかねているところですが
(恥ずかしながらいまだ実物を見ておりませんで、
松岡さんと増山さんの作図をみて
へーこんなのがあるんだ、すげーなあ…と感心している段階)
中世・戦国期段階の高梁川は
ちょうど南山城のふもとで東西二股に分流しており、
あの地点を押さえておけば西高梁川から遡上してくる舟、
東高梁川から遡上してくる舟の両方を、
川辺宿へ入る直前で一括して監視・統制できますので、
そういった河川監視・流通掌握の意図で設けられた城である可能性は
十分考えられるところだと思っています。
(というような話を昨日の講演ではいたしました)

> 岡山GISが三上山西砦が追加記載されたので見に行きました

はい、こちらは仕事がらみで私も実見しました。
おっしゃる通りの状況で、一定範囲の尾根を土塁線で区切る、
といった風情の設備でしたね。一部、山道と見分けが難しい箇所もありましたが、
西の端っこでL字に尾根を遮断する部分や、おっしゃる山腹の食い違い箇所は
ありなんじゃないかなと思っております。

はてな城Bが載る尾根を侵食する採土場もそのとき見つけて唖然としました。
あれからもうすぐ2年が経過しようとしていますので、
きっと更に採土が進行しているのでしょうね。私も心配しています。
いつの間にか…みたいなことにならないよう、
定期的に見守った方がいいかも知れません。
 

南山城

 投稿者:増山 政昭メール  投稿日:2016年12月 4日(日)14時46分0秒
返信・引用
  ふーむ様
17日の倉敷市市民講座、楽しみにしていましたが、都合が悪く参加できなくなりました。
残念です。
久しぶりに、ふーむ様のお話聞けることを楽しみにしていました。
そこで昨日、13日に南山城へ行ってきました。
現在、南山城では樹木の伐採作業中で、樹木が放置状態なので歩き回る事も出来ない状態でした。現場監督と思われる人の話では、今後発掘調査は2月頃までかかるのではないかと思うと
話せれていました。その後については工事いつから始まり、どれ位の規模になるかわからないと
返事でした。南山城の消滅は残念ですが治水事業なので仕方ないと思います。
当日、木が切りはらわれていたので高梁川対岸の軽部山城の稜線がよく確認できました。
私は、特異な遺構の軽部山城に注目して、南山城と対になって高梁川の渡河点を監視しているのではないかと考えています。
この点、直にふーむ様にご意見お伺いしたいと思っていました。
別件になりますが、以前ご一緒しました御瀧の三上山砦の西に、岡山GISが三上山西砦が追加記載されたので見に行きましたが、砦というよりも土塁が直角折れて尾根上を遮断している状況です。この土塁は山腹を東に東に延びて、北に下る古道のある古墳群の所まで伸びて一部土塁が食違いになっている所までありました。
その後、足守の「はてな城」に向かいましたが、山中を徘徊した挙句広大な採土場に出て驚きました。B砦から東の尾根は粗無くなり、A砦にも採土も迫っていました。
今後、どこまで採土が進むか心配になりました。

 

Re: 龍徳山の位置

 投稿者:ふーむ  投稿日:2016年11月 9日(水)23時16分44秒
返信・引用
  > No.301[元記事へ]

やぶくぐりさんへのお返事です。

はじめまして。近年は更新が限定的になっているにもかかわらず、
当サイトにお立ち寄りいただいて、ありがとうございました。
また、拙作を参考にしてくださっているとのこと、感謝しますm(_ _)m
この機会を借りて申し添えると、某ネット遺跡地図に関しても、
いくつかは当方の情報提供によるものでして、
佐伯の小坂城も2014年1月に当方が遺構を発見して届け出たものです。
(これは諸事情にて所在情報を伏せさせてもらってる状況ですが、御理解くださいm(_ _)m)

さて、龍徳山城ですが、リンク先の別サイトでの書き込みを拝見したところ、
あるいは近い地点の別の山に登られたのでは?と感じたので、
老婆心ながら位置を示しておきます。
新田原井堰の東側直上の山にて、旧片上鉄道線のサイクリングロードから
登りやすそうな地点を探して登っていけば、
堀切のある場所にたどり着けるかと思います。
(以下の地図は国土地理院ホームページ「地理院地図」http://maps.gsi.go.jp/
に情報を追記した上で引用)
 

Re: 明石掃部のその後の話

 投稿者:ふーむ  投稿日:2016年11月 9日(水)20時48分14秒
返信・引用
  > No.296[元記事へ]

後山の子明石さん

御無沙汰いたしております。
明石掃部は今年の大河ドラマではけっこう良いポジションで活躍中ですね。
なかなか全国放送の番組に登場する機会のない人物でしたが、
これをきっかけに注目が集まるとよいなあと思います。

※住所等については申しわけございません。
 御好意のみありがたく頂戴させていただきますね。
 

Re: その節はありがとうございました

 投稿者:ふーむ  投稿日:2016年11月 8日(火)22時39分44秒
返信・引用
  > No.295[元記事へ]

難波さん

大変御無沙汰いたしております。
その節は大変お世話になり、感謝に堪えません。
御厚意で拝見させていただいた史料については、記事に出てきた場所の特定も進み、
何とか近い将来研究成果として公表できるよう尽力しております状況です。
ずいぶんお待たせしており恐縮する次第ですが、
成果物が刊行された曉には、一部進呈させていただくつもりでおります。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
 

Re: お久しぶりです

 投稿者:ふーむ  投稿日:2016年11月 8日(火)22時25分56秒
返信・引用
  > No.294[元記事へ]

ケントウさん

大変御無沙汰いたしております。
一年以上前の御投稿に今さらの返信、御容赦ください。
瀬戸町観光文化協会のサイト、充実していますね。
ツイッターを拝見すると、最近肩脊城の説明版や矢印なども設置して
くださっているようで、城好きの一町民として頭が下がります。
(最近、肩脊あたりに行く機会がないので気付いていませんでした…
瀬戸公民館の綱島さんのイラストは見かけたのですが…苦笑)
こちらも相変わらず、歴史やお城まわりのことは続けておりますので
また何事かありましたら遠慮なく御相談ください。
こちらこそよろしくお願い申し上げます。
 

Re: (無題)

 投稿者:ふーむ  投稿日:2016年11月 8日(火)22時16分40秒
返信・引用
  > No.293[元記事へ]

長らく放置しておりましたが、少し対応します。
もう見ておられない方が多いかと存じますが…すみません。

120さん

> 児島湖の隣に高山城というのがあり大規模な城らしく
> 確かに同じ思いを抱いたのですが、歴史的にわかってる事とかあるのでしょうか?

児島でよく聞く佐々木氏一族の飽浦信胤およびその子孫の居城、との
言い伝えは残っていますが(『備陽国誌』など)、
史実かどうかはわからないところがあります。
 

備前・佐伯天神山城周辺の城廻り2

 投稿者:やぶくぐり  投稿日:2016年10月31日(月)14時02分28秒
返信・引用
   ふーむ様の著書「備前国天神山城周辺の城館群」を参考に佐伯の城廻り第2報。
 多尻城とその南西の城攻略の後は夏休み。
 やっと涼しくなって「龍徳山城」と「北浦山城」を攻略しました。
 「龍徳山城」は神社から腰まで伸びたコシダのヤブを約1Kmの尾根を辿って到達。
 登山としても面白く、大いに楽しめました。
 「北浦山城」は南側の「日笠青山城」より大きく総延長約300M程度もあり驚きました。
 南側の林道のヒノキ林から尾根に取り付き二重堀切から主郭に到達。
 東の尾根に郭11段。
 北に2郭と堀切もあり、イノシシ二頭の出迎えに満足しました。
 ありがとうございます。
 

備前・佐伯天神山城周辺の城廻り

 投稿者:やぶくぐり  投稿日:2016年 5月29日(日)15時25分6秒
返信・引用
   今年はふーむ様の著作「備前国天神山城周辺の城館群」や「岡山GIS」を頼りに備前、和気方面の諸城を主に訪問させていただいております。
 木倉田土境の城、大坊山城、日笠青山城、上見山城、天王久保山城、関川城、田井山城、伊部城、茶麿岩城、北山城、衣笠山城などを攻略しましたが、北浦山城、城の段、龍徳山城、観音山城、田尻城など未訪の城郭も沢山あります。
 そのほかにも、まだまだ隠れた城館もありそうですし、ふーむ様の研究成果の公表を期待しています。
 なにとぞ宜しくお願い申し上げます。
 

明石掃部のその後の話

 投稿者:後山の子明石メール  投稿日:2015年 8月 4日(火)00時36分1秒
返信・引用 編集済
   数年前に津山市に住んでおり、「山の子明石」の名前で投稿させていただいたものですが、定年で後山に帰って5年目になるので「後山の子明石」になりました。
 大変にご無沙汰しておりますが、明石掃部の話題を3件報告します。
①今年5月12日(火)のサンケイ新聞夕刊に、「決戦・大坂の陣四百年・キリシタン武将・明石掃部・信仰の自由守るため参戦」という見出しの特集記事と、その中に「掃部子孫・明石Sさん」への取材記事「手配逃れるには絶好の山里」というのが1ページ(4面)に掲載されました。もし、必要であればコピーを郵送しますので、住所などをメールで教えてください。
②明石掃部の一行の一部は、因幡をめざしていたが、現在の西粟倉村影石(国民宿舎「あわくら荘」の付近)まで行ったところで、中心人物が体調を崩し、近くには温泉(「元湯」と呼ばれる)もあるのでしばらく滞在することになったのだが、結果的にそこに定着することになった。追っ手を避けるために明石姓を名乗らずに中島姓を名乗った。最近、偶然知り得た情報によれば、その初代にあたる明石○○氏は1621年没とのことです。(電話帳によれば、現在の西粟倉村に中島姓は4軒)
③「後山の子明石」が調子に乗って、後山明石家に伝わる伝説・伝承を「カモン伝説」-後山明石家の愛唱歌-という曲に作詞・作曲してみました。歌詞に興味があれば、マイブログ「後山の子明石のふるさと自慢&オカリナ日記」の記事の中で紹介しておりますので、ご覧いただければ幸いです。さらに楽譜が必要であれば、①の新聞記事のコピーに同封させていただきます。 
 

Re: 管理しました

 投稿者:難波メール  投稿日:2015年 4月19日(日)21時17分10秒
返信・引用
  ふーむさんへのお返事です。
ふーむ様
ご配慮大変有難うございました。感謝!
その後当方では、新しい知見に出会えないか探索していますが、出会えていません。
先生にご披露しました私共の資料は、最近の先生のご研究に何がしかお役に立って
居るでしょうか?ご活躍をお祈り致します。

> 2014年3月5日付けの難波さんからの投稿について、
> 「刀剣の登録証をネット上に掲載するのは防犯上危険」との御教示を
> 某所よりいただきましたので、
> いったん画像付きの投稿を削除し、
> 本文のみをこちらで再投稿させていただきました。御了承ください。
 

お久しぶりです

 投稿者:ケントウ  投稿日:2015年 2月18日(水)21時06分53秒
返信・引用
  ふーむさま
大変お久しぶりです。
肩脊楽走会ケントウです。
HPの更新再開されたとのこと、楽しみにしております。
私の方は楽走会のHPを閉鎖してしまいましたが変わって瀬戸町観光文化協会のHP管理人を始めました。
瀬戸町の史跡関係を充実させていこうと思っておりますのでご教授いただければ幸いです。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

http://e-seto.net

 

(無題)

 投稿者:120  投稿日:2014年12月17日(水)11時26分7秒
返信・引用
  ありがとうございます。
児島湖の隣に高山城というのがあり大規模な城らしく
確かに同じ思いを抱いたのですが、歴史的にわかってる事とかあるのでしょうか?
 

Re: マムシ

 投稿者:ふーむ  投稿日:2014年12月11日(木)02時36分30秒
返信・引用
  > No.288[元記事へ]

120さん

今年はずいぶん遅い時期までマムシがいましたね。
山は危険な虫や動物が多いので(今年の初夏、マダニにやられて酷い目に遭いました…)、
お互い気をつけて楽しみましょう。
 

管理しました

 投稿者:ふーむ  投稿日:2014年12月11日(木)02時33分6秒
返信・引用
  2014年3月5日付けの難波さんからの投稿について、
「刀剣の登録証をネット上に掲載するのは防犯上危険」との御教示を
某所よりいただきましたので、
いったん画像付きの投稿を削除し、
本文のみをこちらで再投稿させていただきました。御了承ください。
 

興味津々

 投稿者:ふーむ  投稿日:2014年12月11日(木)02時27分2秒
返信・引用
  > No.279[元記事へ]

> 投稿者:難波洋司メール  投稿日:2014年 3月 5日(水)15時44分57秒 返信・引用

> 始めまして!初投稿をお出しします。
> 備前の難波です。池田藩の下級の武士の末裔と聞いています。しかし、いわゆる備前難波家の巴紋ではなく、当家は他では見た事のない”陰三つ地紙”紋ではあるし、遺品は戦災でほとんど焼失していて、先祖を辿るのは難しいとあきらめていました。
>  又母が亡くなって遺品を整理した時には、村上宗景からいただいたと思われる懐剣があるとは、気に留めていました。
>  ところが、最近NHKの大河ドラマ官兵衛に刺激されて、ネットで備前の戦国時代を学習していたところ、先生の”落穂ひろい”に出会いました。この著作で、私たちが何気なく眺めている備前の山々にも、群雄割拠した各地の武将の夢の跡が、残っていることを知り、楽しませていただいています。
>  その中で、先生が村上宗景の花押を細かく分析された花押の、後半の形と思われる宗景の花押の付いた懐剣を思い出しました。その時代の何らかの戦いで、名を上げて、戴いたのではと夢を膨らませています。
>  銘文には、「長船忠光難波之行豊重代、打代千疋 文明13年8月」とあるところからも1580年前後に相当すだろうと思われます。どのような戦いの後で戴いたのか分かりません。先生の豊富な知識でご推察頂ければ有難いのですが。
 

(無題)

 投稿者:120  投稿日:2014年11月26日(水)14時45分55秒
返信・引用
  返信ありがとうございます。
楼台は良いものでしたが、マムシを見たので注意必要かもです。
 

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